寺尾よい処 住みよい処

山と水、風に恵まれた寺尾

 山々に囲まれ、永野川や水路の水が流れる音、鳥の鳴き声が聞こえ、暑い夏でも風が通り抜ける場所が寺尾です。地元の方々から「ぞうさん山」と親しまれている三峰の山は、毎日違う表情を見せます。
 日影が少ないのは、田畑の作物に日の光が届くように。出流から流れる水が綺麗なのは、昔、寺尾の方々が団結して守った証。『栃木の軽井沢』と言われる寺尾には、風の通り道があります。

 「石灰を知らずして、寺尾は語れない。」
出流に向かう道中には、なんとも圧巻で格好良い石灰工場が並び、真っ白な道が続きます。江戸城の白壁に使われている鍋山石灰は、トロッコで栃木駅まで運んでいたそうで、当時は寺尾から栃木を繋ぐ、長い長いトロッコの線路がありました。中には、石灰石にフズリナが入った丸い石、鍋山にしかない貴重な石が見つかることもあったそうです。寺尾の石灰山について、皆誇らしげな表情をして話してくれます。

職人の町

 材木屋がある、大工がいる、寺尾には家を建てるうえで必要な職人が揃う町でした。左官や屋根職人、畳屋もいたそうです。人口の割に職人が多かったのは、それだけ仕事があり、お金が回っていた証拠。その名残は今も寺尾にあります。つくることが好きな方が多いのも、名残の一つかもしれません。
 「なければ作ればよい」寺尾で学んだことの一つ。『つくる』ことに対して、とても積極的な寺尾の皆さん。休憩場所があったら良いとベンチをつくり、物を管理する場所が欲しいと納屋をつくり、イノシシ対策のメッシュはりができるようにと専用の金槌をつくる。

 梅の季節には、梅干し、シロップ、ジャムをつくり、柚子の季節には、柚子酒、化粧水もつくる。籠を作ってみたいと籐で籠網に挑戦してみたり、藁があれば藁鉄砲を作ったり、虫かごを作ったこともあったそうです。モノを無駄にせず、大切にする寺尾の方々は、あるものを使ってモノを作り、その季節のものを楽しんでいます。寺尾は、『手作り』のモノで溢れている町です。

65歳はまだまだ若手

「もうおばさんだよ~」と話している女子学生、20代の女性。
「若いっていいね。若いね~」と羨む30代。
「最近、年を感じるよ」と言う40代。
「もう年だから・・・」と諦める50代。
様々な場所で聞こえてくる会話。このような会話に、「何を言っているんだ」とツッコミをいれたくなるのは、寺尾での暮らしがあったから。

 寺尾の皆さんは、パワフルだ!『元気』ではなく、『パワフル』という表現の方がしっくりくる。寺尾の畑を獣害から守るスーパーヒーローたち。険しい傾斜の山中で、1人は溝を掘っていき、1人は重いメッシュと支柱をひょいっと持ち上げ、1人は巧みに次々とメッシュの壁を作っていく3人のヒーロー。1番年下は、最近退職した65歳、「まだまだ、若手だからね」と笑い、70代の2人も、「いやー、80代で活動している人がいるからね。もっと頑張らなきゃって思うよ。」と話します。

 50年続く商店を営む80代、「いつか飲み屋をやりたいのよね。お酒が飲めて、みんなが集まれる場所をつくりたい。」と夢を語ります。みんなから先生と呼ばれる90代、健康の秘訣を聞かれると「お肉が好きで、毎日食べている」と今日も鍋山を歩きます。
 平日の昼間は、仕事で寺尾を出ている30代、「寺尾の神輿や山車、お囃子もすごく楽しいから、昔みたいに盛り上がってほしい。」と、積極的に地域の活動に参加しています。

 その時、その時を楽しみながらも、先を見ている寺尾の皆さん。人が少なくなるのは寂しいけれど、悲観することではなく、違う視点から考えればいくらでもできることはあるし、可能性も広がっていると話します。「寺尾は良いだろう」と、自分の住んでいる地域を好きな方が多く、最近の出来事や昔の寺尾を教えてくれます。寺尾を好きだからこそ、「もっとこうしたい」「こうしたら、もっと暮らしやすくなると思う」が自然と出てくるのでしょう。

『寺尾名物 数々あれど 真の宝は人にあり』。

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