ふたりのやりたいことを実現できる土壌が、ここにある。

お二人の出会いは?

真智子さん 私は学生時代を東京ですごして、今日の撮影場所でもある「とちぎ蔵の街美術館」の管理会社に就職して栃木市に来ました。こちらでの暮らしにも馴染み、様々な年代の知り合いもできはじめたある時、美術館の前で「まちこちゃん!」って着物姿の友人に声をかけられたんです。

洋平さん まさに、今日撮影してもらった場所だよね。その人は着物で街を歩くイベントに参加していて、この美術館に寄ったところで妻を見かけたんです。僕もそのイベントを手伝っていて、その時が出会った瞬間でした。当時はまだ東京に暮らしていたのですが、栃木市で人と地域を繋ぐ活動をしている大波君という高校の同級生のつながりで、たまにこっちへ来て手伝っていました。

真智子さん 大波君は私の所属するピクニックという団体とも仲がよくて、最初はメンバーも含めて5人で遊んでいたんです。他の人はみんなパートナーがいたので、フリーの私たち2人をくっつけようと企んでいたみたい(笑)。

洋平さん そして、まんまと結婚しちゃったわけです(笑)。僕は栃木市出身なのですが、最初の就職先は東京でした。東京で働いている時は、とにかく満員電車で1時間もかけて通勤するのが嫌で、生き方として息苦しさを感じていたんです。そんな中、今の会社にいる友達が声をかけてくれました。話を聞くと、小規模でも珍しい物件ばかりを取り扱っている会社で、建築士として面白いことができそうだなと思い、転職。まずは栃木市の実家で暮らしはじめたんです。

真智子さん 付き合いはじめた年の終わりころだったよね。彼がこちらに来たことで、物理的にも、精神的にも距離が近づき、2年の交際期間を経て、結婚しました。今は彼の職場に近い宇都宮で暮らしています。

今の暮らしと、これからの目標について。

洋平さん 1級建築士として、さまざまな物件の設計をしているのですが、忙しい時は長時間の仕事になりますね。ただ、好きでやっている仕事なので、そこはあまり苦になりません。東京の時と圧倒的にちがうのは、通勤。自転車で5分くらいですから、仕事が残っていても、夜にはごはんを食べに一時帰宅できますし、通勤のストレスはありません。これは、栃木市でも変わらないことでしょう。

真智子さん 私はもともと美術館での仕事がやりたくて栃木市に来ました。それなのに、会社が美術館の指定管理会社ではなくなってしまい、そのタイミングで会社を辞めました。今は子ども向けの絵画教室で働いています。美術大学に行っていた学生時代から、教育に興味があって、自分がつくるよりむしろ、子どもたちがつくる課程にある工夫のプロセスとか、葛藤や気づき、発見をする場面に立ち会うことの方が面白いと思っているんです。

洋平さん 彼女のそういう力を栃木市で活かす計画もあるんです。僕の実家が以前文房具屋を営んでいたお店が空き家になっていて、そこをリノベーションして造形教室を開けたらなと。

真智子さん 栃木市には、造形教室が少ないので、東京よりはじめやすい環境だと思うんです。

洋平さん そうだね。足りないものがある状態だからこそ、クリエイティブな力を発揮しやすいというか。

真智子さん うんうん。実は私が教室を通して子どもに伝えたいのも、そういうことなんです。与えられたことしかできない人にならないように、自分で考えて、工夫して、前に進んでいく。モノづくりに挑戦する過程で、クリエイティブな気持ちそのものを育てていけたら嬉しいですね。

洋平さん そういう子どもが栃木市で育っていって、何かを生み出そうと思った時、そのクリエイティブな精神を受けとめるポテンシャルも、また栃木市にはあると思っています。自分が建築士だから余計に感じるのかもしれないですけど、ここにある建物を見ていると、「こんな風に活かしたいなぁ」という意欲がかきたてられますから。

真智子さん 銀座通りとか、大好きだよね(笑)。

洋平さん そうだね。栃木市の中心に銀座通りというのがあって、高度成長期の面影を感じさせるいい雰囲気なんです。今はシャッターが閉まっているテナントもあるのですが、小さなお店をやるのにちょうどいい規模の建物が、150メートルくらいのこれまたちょうどいい範囲にまとまっている状態。こういうエリアって、なかなか見つけられないんです。近い将来、このエリアがオシャレなお店の集まる通りになったらいいなぁ。なんて妄想しています。

真智子さん 彼も私も栃木という街に大きな可能性を感じているので、今後栃木に住み、仕事もプライベートも楽しみながら実現していきたいと思います。

ページトップへ