東京にもなく、遠く離れた地方にもない。ここだけのちょうどいいバランス。

旦那さんの実家という縁で、およそ10年前に栃木市に来た原由希子さん(40歳)。移住の前は躊躇もあったという原さんですが、ゆったりとした時間の流れと自然、そしてあたたかい人とのつながりを楽しみ、今では地元出身の旦那さんよりも多くの友達に囲まれているそうです。

合わなかったら、東京に帰ればいいと思っていた。

生まれは東京の世田谷で、育ちは目黒。美術系の学校を卒業後に中目黒の花屋で働きはじめました。実家の両親が生花店を営んでいる主人は栃木市出身で、学校卒業後、同じ中目黒の花屋に働きに来ていました。そこで出会い、結婚をしたのですが、すぐに栃木市へ来たわけではありません。2人目の子どもが生まれた時に、「環境のいい場所で子どもを育てるのもありかな」と考え、主人の地元へと引っ越したのです。最初からずっとここで暮らす覚悟を決めていたわけではなく、「来てみて合わなかったら東京に戻ればいいか」くらいの軽い気持ちでしたね。

東京を離れたことがなかった私に栃木市での暮らしはイメージのつきにくいものでしたし、最初は躊躇もありましたが、住んでみると環境の良さは抜群でした。東京だったら自動車でわざわざ出かけて、駐車料金も気にしながら遊ばなくてはいけないような立派な公園も、今の住まいならすぐ近所にあります。(永野川緑地公園)
私の好きな野菜と果物も豊富で、ここに来た最初の年はよくイチゴ狩りにも出かけていました。長男はサッカーをやっているのですが、練習できる場所がたくさんある環境だからこそ、ずっと続けてこられているのかもしれません。ただ、高校生の娘は最近東京に気持ちが傾いているみたいですが(笑)。それでも、昨日も私と2人で買い物に行くなど、東京にも気軽行ける距離感なので刺激がなくなることはありません。高速に乗れば、1時間半ですからね。

東京での経験が、栃木市を元気にする力に。

今は主人の実家の花屋さんをお手伝いしています。お寺の目の前にあるお店なので、お客さんも安定して来ていただいています。夜は18時にお店を閉めますし、朝も比較的ゆっくり。仕事の仕方にムリがないから、子育てや家事をしながらも、個人的な活動(Le Pique-nique)を目一杯満喫していますね。
東京から来た私にとって、栃木市の暮らしを一言で表すなら、「楽」につきると思います。昔の自分を知っている人がいないので、余計なしがらみがなくてゼロからスタートできる。人柄的にも我の強い人がいないので、気が合う人とだけ付き合っていけて、本当に楽なんです。逆に、規模が小さい街だからこそ、自分からつながろうと思えばどんどん友達が増えていく。今では地元出身の主人より私の方が友達が多いかもしれません(笑)。

最近は20〜30代の若い人の活動がすこしずつ増えてきていますが、逆に栃木市で育ったのにその魅力に気づかないまま東京に出てしまう地元の子もまだまだ多いのではないでしょうか。東京出身の私だからこそ、ここの良さがよくわかる側面もあるかもしれません。そう考えると、一回東京で何かをやった人が、それを栃木市に持ち込んで活動するというパターンもおすすめですね。ここには、東京にない「楽」な生活があります。そして、東京ではふつうに感じられる経験も、栃木市を活性化させる力にすることができる。東京でもなく、遠くはなれた地方でもない。バランスのとれたちょうどいい暮らしが、ここにはあるんです。

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